労働者災害補償制度における国の認定基準について

 国は、労働者保護の観点から、労働基準法や労働者災害補償保険法に基づき、労働者災害補償制度を創設しています(以下「労災補償制度」といいます。)。

 この労災補償制度では、労働者に発生した疾病等がその者の業務に起因するか否かを判断し医療費等の支給・不支給を決定するのは、各地の労働基準監督署長の権限とされています。

 もっとも、各地の労働基準監督署長が統一的な基準もなくそれぞれ自由に判断してしまうならば、全国における統一的処理を果たすことができず、迅速さも確保できなくなります。そのため、国(厚生労働省)は、主に疾病の種類に応じて、通達の形式で各種の認定基準を定めており、近年企業内において問題となっている精神障害についても同様です。

 精神障害における認定基準の基本的な考え方は、「精神障害を発症した労働者について、その発症前おおむね6か月以内に業務により強い心理的負荷が認められるか否か」で判断するというものです。

 国はこれまで何度にもわたりこの認定基準を改定しており、平成23年6月26日に最新の認定基準を定めています。この認定基準では、以前から社会問題化しているセクシャルハラスメントやいじめ(パワーハラスメント)が長期間継続する場合には6か月を超えて評価する等の新しい基準を定めています。

 しかしながら、そもそもこの「発症前おおむね6か月以内」という基準が妥当なのかについては大いに疑問があり、相当数の裁判でも争点となっています。

 例えば、精神障害の主な発症原因とされる長時間労働について言えば、認定基準では、

・発症日前1か月間における160時間を超える時間外労働

・発症日前2か月間における1か月当たり120時間以上の時間外労働

などを強い心理的負荷に該当すると定めています。

 しかしながら、労働者が従事する業務は千差万別であることから、上記のように認定基準の定める発症直前の急激な時間外労働だけではなく、急激とは言えないまでも恒常的な時間外労働を行っている場合もあります。そのため、「発症前おおむね6か月以内」という基準では、当該労働者の質的・量的な側面から、その労働実態を把握できないことがあり、行政段階では労働災害には該当しないとされ、司法判断に持ち込まれるということが往々にあります。

 国の認定基準は、その時代時代の動向を把握し改定され続けており、一定の合理性はあることは事実ですが、唯一絶対の基準ではなく、あくまで行政内部の準則(行政上の判断指針)です。現に、判例でも、「一定の合理性はあるものの、あてはめの際には幅のある判断を行うもので、当該労働者が置かれた具体的な立場や状況等を十分斟酌して適正に心理的負荷の程度を評価するに足りるだけの明確な基準とはいえない」(中部電力事件:名古屋地裁平成年5月17日判決)と指摘するものもあります。

 私は、弁護士活動の中で特に力を入れている分野として、労働者側の立場から労災認定を得るための行政及び司法上の活動を行っていますが、私自身も、認定基準は有用ではあるものの、絶対的なものではなく、また、裁判所を拘束するものではなく、適宜、改定・修正されていくべきものと理解しています。

佐々木 潤

 

コメントを残す